Facebookをやめたmachikoの生活。
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こんにちは。
お彼岸真っ只中の春分の日、一部で「宇宙の元旦」と言われる
(ほんとか?)エネルギーの切り替わりの日、いかがお過ごしでしょうか。
私は昨日からお腹を壊して寝込んでおりました……。
あんまりお腹壊したりしないタイプなので凹みました。。
さっき久しぶりに固形物を食べたらお腹がぐるぐるしなくなっていたので、
やっと回復に向かっているみたいです。
やらなきゃいけないことを先延ばしにしてきた罰でしょうか。
やらなきゃと思いつつ、初日にまた好きなだけ本を読んでいた罰でしょうか。
というわけで今からの数時間で3日分を取り戻そうと思っています。
なのにブログなんか書いてるしw
ちなみに今日この記事のタイトルにしたのは、
久しぶりにパソコンからログインしてアクセス解析を見たら、
私の「Facebookやめてみた、その後」っていう記事を
読みに来る人が多いみたいだったから。
これですね↓
昔、mixiってありましたよね。
いや今もあるんですけど。
mixiもやめてしまったんですよ、私。
それこそ友達で繋がっていたのがリアル友達ばっかりだったのに。
いや、だからこそ、というか。
生きてるといろんなことありますもんね(遠い目)。
私はFacebookやめて、実は一回復活したんです。
やめた一年後くらいに。
でもってさらに今、完全にもう戻ることはないなとやめてる状況です。
↓その経緯はこの辺り
でもFacebookをしていたからこそ、良いこともありました。
大学生のころ、私はガラケーで勝手サイトと呼ばれる掲示板で友達ができました。
時が過ぎ、やりとりをすることもなくなっていたのですが、
その友達とFacebookを通じて再会できたのです。
そして今はLINEで繋がっています。
これはFacebookなくしては起こりえなかったこと。
でも一方で、Facebookは単に繋がりをサポートしてくれる、
ツールの一つに過ぎません。
だから「Facebookやめても大丈夫だよ!」って思います。
尚且つ簡単に復活もできるので、大丈夫ですよ。
退会したあと復活すると、前の状態のままで復活します。
今も仕様が変わっていなければですが私の時はそうでした。
メールもブログも掲示板もツイッターも全部そうなんですけどね。
けれどFacebookって閉じたコミュニティだから?考えちゃいますよね。
全然話が変わりますけど、先日見ていたテレビで、
「日本人がなぜ仲間はずれを怖がるのかと言ったら、
親の教育スタイルが、何かあったら”家から出ていけ!
と言うスタイルだからだ。
アメリカでは逆に”出ていくな!”と自由を奪うスタイルだ」
と言っていて興味深かったです。
なるほどなるほど。
そもそも人間には「所属欲」みたいなものもあると言いますしね。
子供にとって家族という唯一無二のコミュニティから放り出されるかも…ってめっちゃ恐怖ですよね。
ま、その結果で寂しいこともあるかもしれませんけれど、その辺は自己責任で(((^-^)))
(多分私、寂しさに強くなったのかな…。がんばって人に合わせるくらいなら、寂しくても自由な方を選ぼうっていうw ←でも一応がんばったことあるんだよ!)