猫好きダイアリー

no cat no life

本もCDもファンアイテム。


スポンサーリンク

私の30代以降の人生のバイブルは、

太宰治の「人間失格」です。

 

すべての物事は留まらず、過ぎ去っていくんだということ。

ちょうど30歳頃から、仕事で辛いことが多発して、

落ち込んで仕方なかったときにこの本のある一節に号泣しました。

 

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)

人間失格、グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫)

 

まあ、ちょっと、ネタとしてもね、

「人間失格」ってキャッチーだなと思ってるところはあります。

 

子供の頃は、ローラ・インガルス・ワイルダーの、

大草原の小さな家シリーズが大好きでした。

これには私の夢見がちな憧れが全部詰まってる。 

家族の中が良くて、お父さんとお母さんは優しくて、

季節に応じてみんなでパーティーをする。

(しかし美しく聡明なお姉さんは、途中で失明してしまうのですが…)

 

このシリーズは実はめっちゃ長くて、

私はその中でもローラが大人になり、

後の伴侶アルマンゾとの話題も増える「長い冬」が大大大好きです。 

 

長い冬―ローラ物語〈1〉 (岩波少年文庫)

長い冬―ローラ物語〈1〉 (岩波少年文庫)

  • 作者: ローラ・インガルス・ワイルダー,ガース・ウィリアムズ,谷口由美子
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/06/16
  • メディア: 単行本
  • 購入: 3人 クリック: 8回
  • この商品を含むブログ (11件) を見る
 

 

長い冬に、雪がものすごく積もって、

食料などの物資が途絶える中、

分け合った小麦で積み上がるほどたくさんのパンケーキを焼いて食べる。

たまらんシーンです(笑)

 

他にもズッコケ3人組シリーズや、有閑倶楽部や、

私の人生の礎を築いた本はたくさんあります。

 

私は大学生の頃までは、純文学とか私小説とか、

そんなジャンルと触れる機会も多くて、

今よりもっと幅広い活字に触れていました。

 

芥川龍之介

田山花袋

三島由紀夫

宮沢賢治

山村暮鳥

 

とかね。

 

あとは登場人物の名前が覚えられない「罪と罰」とか。

 

中学高校のときは、

山田詠美

吉本ばなな

江國香織

村山由佳 

とか、いわゆる、、な人たちもたくさん読みました。

ばななさんは今でも読んでいますが。

 

でも今や「小説家」という仕事は、

昔以上に成り立たなくなっているんだろうなあと強く感じます。

 

今だと羽田さんが良い例かな?

TVにも出ながら小説を書くという、

これは現代小説家としてはアリな姿ですね。

賞を受賞されたことは大きなポイントですが、

そうした各メディアの活用ができなければ、

長く注目されることはない。

 

宮部みゆきさんや、東野圭吾さんクラスは今でも確かな固定ファンがいて、

ドラマ化されたり映画化されたりするので、

そこの域までいっていれば話は別ですが。

 

ときどき「今話題の!」って新人小説家の本がすごく売れたりしますが、

中身を読んでみるとガッカリすることって結構あります。

「あーこれがそんな評価されるのかあ」という。

それはそれくらい現代の人が小説を読まなくなってるからだと思う。

 

でも、私然り、なんですよね。

 

Twitterとかブログとか、様々なニュースメディアとか、

わかりやすバズっているものの方が目に入ってくるし、

読みやすいし、面白いし、人がいっぱいいるし。

 

だから様々な仕事をしてる中で、

その一部としての「文筆家」は良くても、

もう昔ながらの小説家を目指すというのは、

(とりあえず現状の日本においては)

やめておいたほうが良い戦略なんだと思います。

 

むしろ何か他の分野で秀でれば、必ず出版のチャンスがやってくる。

(又吉さんとか、セカオワのさおりさんとかが良い例ですね)

「売れる」ものには出版のオファーが来る。

 

ファンを作るのが先!!

 

昔は小説家を目指すというと、とりあえず教師とかになって、

教えながら夜は小説を書く……みたいなスタイルが多かったんですよ。

(実際に私の同級生には、まだそのスタイルの人がいた)

 

名を上げるまではコツコツがんばる!的な。

でも今って逆だなあと思うんです。

 

なんでもいいからまず何かで目立つこと。

ソーシャルメディアの中で注目を集めること。

 

だからすごく悲しいけど、

書くための技量とか能力は二の次なんだと思うんです。

 

別にその人がうまい文章を書くから読みたいわけじゃなくて、

その人の思想自体はもうネットメディアなどで知っていて、

その人が更に深くどんな文章を書いてるのかが読みたいというような、

ファン向けのものが本となったもの。

 

だから文章の技能的なことより、

どれだけ共感を生んでいるかがもとになる。

 

CDがファンアイテムになったのと同じように、

本もそうだよなあと、すごく感じました。

(もちろん技術書などはその限りではありません)

 

なんでこなんなこと書いてるかというと、

私が大学生の頃には、

周りに小説家志望の人がたくさんいる環境だったからです。

 

私って何かの動機づけに「お金が儲かるから!」

っていうのを考えたことがほぼなくて。

それはなぜなんだろうと深堀りしてったら、

そのあたりにいきました。

 

お金が儲かることよりも、

書けて嬉しかった一文の方に、

価値を置くところから始まってたなと。

 

今お金を儲けてるひとって、

まず前提に「儲かるかどうか」が来るんだろうなってすごく思います。

 

どうでも良さそうな、

過去のかき集めを本にして、

それでお金が増えたって私は嬉しくないなと思うけど、

でも世の中にはそんな本も多い(笑)

 

買う人がいるんだもんね。

 

CDだってベストアルバムがあるじゃないか!と思えば、

それもそうだなと思う。

 

だからもうどっちもファンアイテムであり、

大事なのはいかにファンというコミュニティを作るか、

なんですね。

 

昔私の上司が

「コアなファンが3000人いれば、アイドルは成り立つ」

と言っていたけど、

本の世界もそれに近いものがあるかもしれない。

 

そのファンコミュニティが大きくなると、

世間で注目を浴びて広がって、

大きくなるか小さくなるかはその時次第。

 

正直「話題ほどじゃなかったな」と思うことも多々あるんですが、

最近だと矢部太郎さんの本は面白かったです。

矢部さんのファンじゃないけど(笑)

 

大家さんと僕

大家さんと僕