感情の話とか。
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時々辛くなって、もう嫌だ!もう面倒くさい!と思うことがあるけど、その度に頭をかすめるのは「そういうことが面倒くさいなら、仕事なんかやめちまえ」という以前の上司の言葉です。
様々なことは面倒くさく、段取りに手間がかかり、人間関係に悩んだりする。
でもその先に誰かの喜びがあり、誰かの暮らしがある。
私は本当にその上司の仕事ぶりを尊敬していて、真似はできないなと思うけど、その人の力になりたいといつも思っていたし、だから忙しくても幸せだったという記憶で、今も自分を励ます言葉として心にしまってあります。
なんでこんなことを書こうと思ったか。
つい先日感情的に怒られている人がいて、その人というのは今回が初めて怒られているわけではなくて。
なんとなく、この人は怒っても大丈夫、という認定をされている気がする。
同じ人に気を遣われる人と、そうでない人との違いは何なのか。
その人は別にサボってるわけでも何でもなくて、ほんのちょっとの要領の差だと思うんですね。
対応の差が激しくて、あからさま過ぎて、こっちがドキドキします。笑
20代の頃まで、私は上司に気に入られることも多かったですが、それは利用価値があると思われるような、言わば「真面目ないい子ちゃん」で働いていたからだと思います。
今もそういう人を周りで見かける。
で、やっぱり上に可愛がられますし、重宝されます。
でも……
「だから何なの?」
ってことなんですよね。今となっては。
振り返ると2011年は東日本大震災があって、そういう意味でも忘れられない年ですが、仕事でも事件があって忘れられない年になりました。
それから約7年もの間、自己投資して学び続けていることに気付いて、そんなに経ってるのか!!!とビックリしました。
だから私の貯金は本当に少なすぎるのです……みんなビックリすると思う。笑
これが花開くのか花開かないのか分からないけど、目指す方へ少しずつ舵を切っていく自分の暮らしが、当たり前になったことは良かったことだなと思います。
この学びの旅を経ていなければ、こうした感情的な場面に遭遇したら、いても立ってもいられなくなり、感情的な上司の顔色を伺って生き続けることになっていたと思うのです。
何かを目指しながら生きていくと、同じように生きる人と、そうでない人とでは、私への反応がまったく違ってきます。
何かを目指して頑張っている状況にある人を目の前にしたときに「自分が何もしていない」と思う人にとっては、不安を過ぎらせるものなんだと思う。
それは私もそうだったから、わかるのです。
だから不安になる気持ちを否定するわけではないけど、遠回しに否定してきたり、そんなのうまく行かないよって言うことを別の知人の一例だけを出して伝えてこられたりすると、やっぱりちょっと距離感を調整しなきゃなと思います。
ああ、全然話が噛み合ってないなあというのは、長く過ごしてきた人でも起こること。
チャレンジするということは、失敗の可能性もあるし、後悔する可能性もある。
でも私には失敗する権利もある。
目指しているのは成功することじゃなくて、自分の人生に納得することなんだと思います。
10年前より5年前より向かう先が明確になってきたなと近頃感じます。
それは年を取って少しずつ選択肢が狭まってきたからかな。
よくこの年まで生きてきたなと思うし、そうなってみて初めて年を取るのも悪くないなって思えるというか。
そろそろ予定が忙しくなっていくのですが、やりたいことをやれる環境にあることに感謝して、今年一年頑張りたいです。